晴考雨独

お買い物とか引っ越しとか断捨離とか

繊細さ

よくゆう女性性とは「繊細さ」とかのことなんだろうな、と思った。

繊細じゃない人なんていないんだろうけど。
繊細さに蓋をしてる人は多くても。

ワーワーゆう人は明らかに繊細だしね。
ヤンキーとかキツイ人も、ただの繊細。
繊細じゃない人はワーワーいわない、グレない。

ただ、自分の繊細さを自分内で処理できるかどうかだけ。

自分の繊細さを「誰かなんとかしてー」とばかりに外にワーワー投げるのは、男性性がシゴトしてなさすぎな状態。

自分内で処理するためにも、まずは向き合うことが大事。
見てやらないと対処のしようもないから。
むしろ見てあげるだけでもいいのかもしれない。

繊細さというのは「不安定さ」に近いかも?
繊細さが少ない人は、鈍感なんじゃなくて安定してるだけなのではないか。

春分の日。

今日は宇宙元旦だったそうです。
宇宙元旦とはなにか?
それはよく分かりませんが、春分だし何かの節目なんでしょう。

昨日、「だったら今日は宇宙大晦日だ!」と思ってキッチンの大掃除をしました。

晴れて宇宙元旦のきょう、新しいことを始めたんですけどね。

東京はまさかの雪。
咲き始めの桜?を背景に降る雪、というレアな光景を見れました。
(写真撮れば良かった)

そしたら、まともな傘を持っていないことを思い出し。
イオンに行ったら軽くていい傘が千円で買えました。

さすが宇宙元旦。
いいことありましたなぁ。

中年よ我に返れ

先日はてなブログで「何者にもなれない」という話題について、ちょっと盛り上がっていました。
p-shirokuma.hatenadiary.com

すごーーーい分かる!というか、アラフォーとかで悩む人って私以外にもけっこういるんやなって。
(ミドルクライシス的なやつもあるだろうけど)

それでモヤモヤしていたときに、↓こちらのブログ記事を拝見しまして。
santasantasan.hatenablog.com

みんな、すきで(自分でそれを選んで)悩んでる。
という一文にビビっときたんですよ。
私もコレなんじゃないか?と思って、自分を疑ってみました。

もし仮に、私も好きで悩んでるんだとしたら。
なんでそんなことするの?という疑問が沸きますよね。
「何者にもなれない」とか、べつに生活にただちに問題ないじゃないですか?
なんでそれを議題にあげちゃって、理屈をこねくり回してしまうのか???

そしたら、そもそも【悩むことを悪いと思ってない】ってことに気づいたんですよ。
ではなぜ、悩むことを悪いことだと思ってないかっていうと、
たぶんアニメとかの影響なんですよ!orz


エヴァンゲリオンでシンジ君がずっとグッチャグッチャ悩んでたりする、ああゆうのの影響。
アニメのヒーロー(=カッコイイはずのもの)がやってるなら、それが許されると思っちゃったんですね。
むしろ「悩むのカッコイイ」くらい思ってたんですよ!(驚愕

選択や行動をすることが怖いから、先送りするためにグッチャグッチャ理屈をこねくり回しているだけ。
「シンジ君まだエヴァ乗ってないの!?」状態。
ゲンドウに「やるなら早くしろ、やらないなら帰れ!」と言われるやつ。

私が一番最初にそのスイッチ入ったのは、たぶん
「うる星やつら(アニメ)のメガネ」の影響だと思う。
押井守ェ…
たしかにあの、衒学的というか詭弁っぽいの、当てはまるなーって。


というわけで、モヤモヤとした悩みの正体は「中二病」でした><
というお話。

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フラッシュモブと自意識

Twitterまとめで、フラッシュモブは「こんなサプライズする俺ってどう!?」という類いの自己中だとする意見を読んで。
けっきょく「自分が!自分が!」となるのは、自分の世界に閉じこもってるという事なんだろうなあと思った。

気遣いアピールがすごい人とかも「こんなに気遣いできる私!」だもんね。
気遣いしてるようで、じつは「自分が自分が」という意識。

常に自分の視点とか意識ばかりで考えるのは、ようするに思いやりがないんだろうな。


先日アジアクルーズに行って、船内でショーとか見たんだけど。
もう100パーお客さんを楽しませることしか考えてないキャスト陣がすごかった。
小劇団の「自分が表現したいこと」しか考えない連中は、こうゆうの見たほうがいいと思う。

別に自分のやりたいこと曲げてまでウケを狙わなくていいけどさ。
「自分のやりたいことを受け入れてくれる人だけ見たらいい」というのは、自分しか見てないよね。
それは発信側、受信側のセンスとか以前に「思いやり」がない。
思いやりがない表現て、壁のラクガキと一緒だよね。好きな人は好きだろうけど。

きみの作品が受けいれられないのは、世間さまに思いやりがなのではなく。
きみの作品や、きみ自信に思いやりがないからだ。


自分が受けいれてもらえないと感じたときは、まずそもそも自分が思いやりを持ってやってるかを意識してみよう。
そうしよう。

自分をもてなす

なんかリビングや作業部屋に長居する気にならなくてですね。
そもそも「誰か(自分)にとって気持ちいい空間を作る」という目線がまったくないことに気づいた。

賃貸だから高価な家具を買っても引っ越しのとき大変なだけ、と思ってニトリの適当な家具を置いてました。
まったくもって「(物理的に)心地よく生活しよう」という気すらないなぁと。
(気分がアガることにはけっこうつぎ込んでたんですけど)

頭でばかりモノを考えるクセがあるので、肉体的な快・不快にかなり気づかないところがあって、
でも気づかないだけで不快感はあるのでストレス溜まるんですね。
最近やっと「なんか不快」ということに気づけるようになった。


これは「空腹感」がとくにひどくて、もうあかんレベルになるまで空腹に気づけないことも多い。
最近なんかずっと意識が朦朧としているのは、栄養不足とか低血糖かもしれないと思って。
気を付けてなんか食べるようにしないといけないなぁ。

なんかあんまり「自分を心地よくしよう」みたいなの好きじゃなくて。
ほっこりまったりしなければ!!!と強迫的になっちゃうんですよね。

でもそれってホントは「自分を甘やかす」「自堕落」とは違うんだろうなぁと。
(むしろ自分を放置するほうが自堕落かも?)
なんか作家さんに執筆してもらうために、担当者が差し入れをしたりするシーンとかあるじゃないですか。
あんな感じ?

頑張って自分に家事とか作業とかしてもらわないと自分が困るから、自分自身に対して
「ほら美味しいものですよー、たのしい遊びですよー。どうです?そろそろ作業してみませんか?」って自分をうまくノセて作業してもらうみたいな。

いままでの私のやり方って、
「腹が減ったか(知らん)。体だるいか(知らん)。まあそれはおいといて作業しろや」という感じだったんですね。
そりゃヤル気でんわ。


これけっこう他人に対してもそういうところがあって。
そりゃあかんわなーと。

とりあえず身近な家族とか自分の居心地よくするとかからやってみたいと思いました。

サザンアイズ展に行ってきた

行くかどうかギリギリまで迷っていたサザンアイズ展。
終わる前日に行ってきました。

いちばん多感な時期に読んだこともあり、今までで最もハマった漫画かもしれない。
ただ今なお引きずってるのは、単なる老害的なノスタルジーかも知れない。
そこを明らめるためにも、ギャラリーに足を運んでみました。


今回改めて思ったのは、作品とはある意味ファンのものなんだなということ。
作者さんは〆切に追われて、自分の作品をジックリ見る暇なんてなかったというし。
作者が忘れてるようなことも、読者は何度も読んで覚えていたりして。

作者さん自身は昔の絵あまり見たくないと言ってたけど、こちらはやはり昔の絵のほうが思い入れあってグッとくる。
そんな感じで、作者と読者に熱量の差があると思った。

とくにサザンは数年前から新シリーズがネット連載されていて、作者にとってはリアルタイムで描いてるこっちのほうが「今」現在での思い入れはあるだろう。
私も絵は昔のほうが好きだけど、作話?のレベルは明らかに新シリーズのほうが面白いと感じた。


今回の展示イベントでは、作者さんがライブで原稿を描きながらトークをするという謎コーナーがあった。
詰めかけたファンもやはり年齢層が高い。(30周年だからね)

事前にツイッターを見てて思ったのが、やはりみんな年季入ってるファンなだけあって「サザンアイズが好きな自分」「サザンアイズとともに歩んだ自分」の比重が大きいこと。
べつに悪いことではないけど、私自身はそれを一種の「囚われ」と感じていて、自分がそうなのか違うのか?を確かめたいという気持ちがあった。


執筆ライブ中の人だかりに、ずっと携帯がブーブー鳴ってる人がいた。
後でその人のツイッターを偶然みかけたら、いかにも「サザンアイズの長年ファンである自分」アピールに終始してて辟易。
そんなにファンなら携帯ブーブーいわすなと。
けっきょくその人は目の前の漫画家先生じゃなくて、「そこにいる自分」にしかフォーカスしてなかったんだろうな~と。

自分は何事に対しても、そうゆう付き合いかたはやめようと思った。
いつまでも当時の漫画に夢中になった子供を引きずりたくないし、自分アピールにも利用したくないなと。
「今」アラフォーの大人として、よき思い出である作品と、現在連載されている新シリーズをちゃんと見よう。
新シリーズはとくに、中年の鑑賞に耐えうるような骨太ストーリーだし。


ライブ後に作者との写真撮影もあったけど、目の前の展示をちゃんと見るために参加しなかった。
グッズもただ懐かしさだけでなく、「今」ぐっとくるやつだけ購入した。

今を生きなきゃねーって、なんか思ったであります。

3×3EYES 鬼籍の闇の契約者(2) (ヤンマガKCスペシャル)

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無駄じゃなかったと思えるもの=自分にとって意味があるもの

年が明けましたが、私は相変わらず
「自分の好きなことが分からない・楽しいことが無い・すべてが無駄に思える」という悩みでグダグタしています。

ところで先日、仮面ライダーの映画を見てきました。
予想外に面白く、ぜんぜん知らない平成ライダーたちのシーンにも謎の感動がありました。

この映画を見に行ったことは、後から思い返しても「無駄だったとは思わない」んですよね。
これはもう「単純に楽しかった=自分にとって意味があった」ということでしょう。

「これなんの意味があるの?無駄じゃない?」と思うのなら、それはもう単純に楽しくないってことなんだろう。
大抵のことは頭でやるクセがついてるから、心底は楽しめなかったり記憶に残らないのかも?

なんか仮面ライダーの映画は、ただただ「あー楽しかったなー」って思い返せるんだよね。
そこに一切の打算がなかったからかもしれない。
(ただなんとなく付き合いで見に行っただけ)

ちょっとでも「何かになるかも」という頭からでた行動は、後になって「あー楽しかったなー」とは思い出せない。
それは結局楽しくない=自分にとって意味がない、なんだろうな。
(どんだけ社会的とか外的に意味があったとしても)


いま思い返して良かったと思えるもの、思えないものを書き出してみる。

【今思い出しても楽しい】
・中野のキャンディ屋さんのチョコ(うまい)
・ヒレ肉のステーキ(2000円くらいのやつ)
・ゴヤールの財布(何度みてもかっこいい)
・ジャラステのジャラ集め(出来がいい、刺さる)
・スーファミあたりのゲーム
・ドラクエコンサート

【審議中】
・3D造形
・英会話

【冷めたけど、良い思い出】
・人狼ゲーム
・初期のドラクエ10
・イラストボードにイラスト描く

【頭でやってた、良い思い出になってない】
・オタク活動全般
・旅行レジャー全般
・ほとんどの読書、映画
・音楽鑑賞

【ただの義務感】
・レシートつけ
・植物を育てる
・家事全般
・事務作業


こうしてみると、消費しか楽しいことがないなぁ。(別にいいけど)
「創造的であらねばならない」という呪いがあることは何となく自覚があるので、今年は「楽しいと思える消費」に取り組んでみようかな?

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楽しくしてたら、楽しい(反復)

急にピンときたシリーズ。

楽しくしてたら万事なんかオッケーな感じがする。
「楽しんでたらすべて上手くいく!」とかじゃなくて、「すでに楽しいんだから楽しい。」みたいな。

私なんやかんやあっても、いつもどうにかなってるのって、
だめなときほどヤケクソ気味に楽しむからだと思う。

自分的には放っておいて欲しいんだけど、楽しそうな人って放っておかれないのよね。
私コミュ障なのになぜか人が集まってくるときがあって、困惑して相談したら
「楽しそうだから人が寄ってくるんちゃう?」といわれたことがあります。

あかんときほど楽しそうになるの何なんだろうね?
まぁそのおかげで、再浮上が早いんだけど。

あかんときじゃない時も、楽しくしてたらもっとええんちゃうん?
と思って、習い事をいろいろやってます。

娘がイーオンに行ってるついでに、自分も英語お試しレッスンを受け始めてみたり。
英語力マジ中1。

あと「フィギュア作りたい」というのがずっとあったのに、そういえば一度もやってなかったなと思い
短期フィギュア制作教室に通いはじめてみたり。
デジタル粘土をこねる「Zブラシ」というソフトを使うやつね。

意外と、英語のほうが面白い。
元々が中1レベルだから、上達が早いのが楽しいのかも。
Zブラシ難しいんだもんよ…。

急にいろいろやりすぎてしんどくなりそうですが。
やってみようという気になっただけ、元気になってきたように思います。

ZBrushフィギュア制作の教科書

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